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昔は海だった!? ~河内平野 (市政だより8月1日号補足)

[2021年4月1日]

ID:25419

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河内平野の変遷

  河内平野は、今から約7000年から6000年前までは河内湾でしたが、淀川と旧大和川から運ばれた土砂により河内湾が徐々に埋め立てられ、約3000年から2000年前には河内潟となり、5世紀から6世紀頃には河内湖、1600年頃の江戸時代初頭には河内平野と呼ばれる低湿地帯が広がっていました。(図‐1参照)それまでは河内平野を幾つもの川に枝分かれ、大きな池をつくり、上町台地の北あたりで旧淀川(現・大川)と合流し大阪湾に注いでおり、淀川下流部・寝屋川筋・大和川下流部は沼沢の多い低湿地が広がり、排水は悪く、出水時には集まった水が寝屋川に集まり、淀川の逆流で行く手を失い、河内平野の低湿地に溢れ、度重なる洪水被害が発生していました。

 1704年に大和川の付け替え工事によって、大和川と石川の合流点(柏原市)から河内平野を経由せずに、直接西方の大阪湾に流れるようになりました。



        図‐1

                    図‐2
注)現在の地形に汀線を重ね合わせています。

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